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COLUMN

2023.10.12

恒大集団と碧桂園の財務諸表を読んでみた

中国の大手不動産デベロッパーである恒大集団(China Evergrande Group)と碧桂園(Country Garden Holdings)の財務状況を懸念する報道が毎日のようにされています。
そこで、今回は、この中国の大手不動産開発会社2社と日本の大手不動産会社2社(三菱地所と三井不動産)の財務諸表を読み、気づいた点をまとめました。
中国2社については香港市場に上場しており、2023年6月期の要約中間連結財務諸表(香港会計基準(IFRS会計基準に類似、非監査)を使用して下記に要約しています。日本の2社については2023年3月期の連結財務諸表(日本基準、監査済)を使用しています。

単位:兆円(1元=19円換算)

科目 恒大集団 碧桂園 三菱地所 三井不動産
開発中不動産 20.6 16.0 0.0 0.3
販売用不動産 1.9 1.1 0.5 1.8
投資不動産 1.1 0.3
賃貸用不動産 3.8 3.4
売掛金等 4.2 6.8 0.7 0.1
現預金 0.1 1.9 0.2 0.1
その他の資産 5.2 4.7 1.7 3.1
総資産 33.1 30.8 6.9 8.8
買掛金未払金 20.1 8.5 0.1 0.1
契約負債 11.5 11.5 0.0 0.2
短期借入金等 11.1 2.1 0.0 0.8
長期借入金等 1.0 2.8 2.4 2.9
その他の負債 1.7 1.0 2.0 1.8
総負債 45.4 25.9 4.5 5.8
純資産 △12.3 4.9 2.4 3.0
会計期間 6ヵ月 6ヵ月 12ヵ月 12ヵ月
売上 2.3 4.3 1.4 2.3
売上原価 2.3 4.8 1.0 1.7
売上総利益 0.0 △0.5 0.4 0.5
営業利益 △0.2 △0.9 0.3 0.3
経常利益 △0.6 △0.9 0.3 0.3
税引後利益 △0.7 △1.0 0.2 0.2

中国2社の監査意見の状況

恒大集団の監査意見

恒大集団の2020年12月期の連結財務諸表を見ると、会計監査人は無限定適正意見を表明していますが、2021年中に資産評価、減損判定、簿外負債や資金流用の可能性等について十分な監査証拠を入手できなかったとして、会計監査人を辞任しています。
その後、別の監査法人が後任の会計監査人として選任され、2021年12月期と2022年12月期の2事業年度分について、2023年7月17日付で監査報告書を提出しました。
しかしながら、継続企業の前提に関する重大な不確実性と、期首残高の監査証拠が入手できないことから監査意見を不表明(Disclaimer of Opinion)としています。
従って、上記の比較表の財務数値は、全ての監査証拠を入手して手続を実施すれば訂正が入る可能性があります。
なお、恒大集団は2021年12月末に債務超過に陥り、それ以降継続して債務超過の状態です。上記の通り、2023年6月末では12.3兆円の債務超過となっています。従って、継続企業の前提に重要な疑義があり、連結財務諸表の注記において継続企業の前提に関する不確実性について開示されています。
日本においては、2期連続の債務超過や監査意見不表明は、取引所により上場廃止基準に抵触していると判断される可能性が高いですが、香港市場では今のところ、そのような取扱いはされていないようです。

碧桂園の監査意見

碧桂園については、2022年12月期は会計監査人が2023年3月30日付で無限定適正意見を表明しています。
財務諸表作成者である碧桂園も2022年12月期の連結財務諸表において、様々な施策により決算期末から1年間十分な資金繰りが得られるため、継続企業の前提について不確実性は無いと注記しています。会計監査人の監査報告書上も、継続企業の前提に関する不確実性ついて追記情報は付されていません。
しかしながら、直近の2023年6月中間期の要約連結財務諸表において、碧桂園は一転して4ページにわたって継続企業の前提について重大な不確実性があると注記しています。
実際、メディア等では、借入金や社債の利払いがデフォルトになるのではないかとの報道がされていることから、2023年12月期の監査報告書においては継続企業の前提に関する不確実性の追記情報が付される可能性があります。
また、上記の比較表に要約した通り、直近中間期の売上総利益が約5,000億円の赤字になっていることから、不動産の評価が急速に下落していると思われ、2023年12月期の監査意見の形成においては、開発中不動産や販売用不動産の評価はより重要な検討事項となると思われます。

財務内容について

資産・負債の規模

上記の比較表から、まず驚くのは、中国2社の規模の大きさです。
日本の最大手2社と比較すると、総資産においては5倍程度、総負債においては5倍から10倍の大きさとなっています。
さらに、報道等によれば、この2社以外にも複数の大手不動産デベロッパーが存在するとのことで、不動産上位10社の負債総額は、中国のGDP約2300兆円の10%(230兆円程度)に達するとの見方もあります。
中国全体での不動産業界の規模の大きさが窺い知れると同時に、中国経済への今後の影響が懸念されます。

中国2社と日本2社のビジネスモデルの違い

上記の比較表において特に目立つのが、中国2社の開発中不動産(概ね開発前又は開発中の完成前分譲不動産プロジェクトに投入された原価を示す)の大きさです。
恒大集団で20.6兆円、碧桂園で16兆円と、両社ともに総資産の半分以上を占めています。
他方、日本の2社では、開発中不動産はほとんど無く、逆に賃貸用不動産が総資産の半分程度を占めています。
このことは、日本2社は、不動産のストックビジネス(賃貸)とフロービジネス(開発分譲)をバランス良く行っているのに対して、中国2社の事業は、開発分譲に大きくかたよっている事を表しています。
中国2社も、賃貸事業をしており、貸借対照表上は投資不動産という科目で表示されていますが、規模的には極めて僅少となっています。
三菱地所のセグメント情報によれば、賃貸事業のセグメント利益率は24.3%と非常に高く、長期安定的な財務基盤のもととなっています。
同じく三井不動産の賃貸セグメントの利益率も19.2%と高くなっています。
さらに、両社の賃貸等不動産の時価情報によれば、その含み益は、三菱地所が4.2兆円、三井不動産が3.3兆円と巨額になっています。
従って、両社が所有する賃貸等不動産の含み益を加えた時価純資産は簿価純資産の倍くらいはあると算定されます。
他方で、中国2社の投資用不動産は、香港会計上、時価で評価されその変動は損益認識されているため、含み損益は既に純資産に取り込まれています。
日本2社の分譲セグメントの利益率は、三菱地所が10%、三井不動産が22.7%と、こちらも高い利益率を確保しています。
たとえ開発分譲事業で一時的な損失が出たとしても、賃貸事業(不動産管理事業含む)の長期安定的な利益が会社全体としての収益の変動性を補完するビジネスモデルは、日本企業がバブル崩壊の教訓から学んで進化させてきたものと思われます。

開発中不動産の評価について

会計監査人が碧桂園に提出した2022年12月期の監査報告書において開発中不動産の評価は、「監査上の主要な検討事項」(Key Audit Matter)の一つとなっています。
総資産の半分以上を占める重要性があるだけでなく、その正味実現可能価額の算定には、重要な会計上の見積もりが介在することになるためです。
この見積もりは、連結財務諸表にも非常に大きな影響を及ぼします。
会計上の見積もりに使用される重要な仮定(key assumptions)には次のようなものが含まれます。
販売価格、販売数量、販売費、販売に要する期間、建設コスト、建設に要する期間、割引率等です。
通常、このような重要な仮定を適切に設定するためには、不動産鑑定士等の専門家の利用が必須です。
中国2社のように、開発中不動産の規模が大きくなると、金額が大きいだけでなく開発プロジェクト数も膨大となります。(※)
さらに、プロジェクトにより場所も違えば大きさも用途も異なるため、一律の仮定は適用できず、案件に応じた適切な見積もりをするには専門的知識と経験が必要不可欠となります。

実務的には、そのような膨大な数のプロジェクトの評価をするために必要な、経験豊富な不動産鑑定士の人数が会社側も監査人側も十分確保できているのかが課題となります。
恒大集団20兆円、碧桂園16兆円の開発中不動産の評価が2割下振れたら、それぞれ純資産が4兆円、3.2兆円悪化することになります。
3割下振れたら碧桂園も実質債務超過となる可能性があります。
それほど、この2社の決算には不確実性が伴っていると言えます。
自分が、このような会社の監査人であったら頭を抱えることになるでしょう。現在の中国の不動産市場の状況を考えれば、監査意見を表明するのは非常に難易度が高い作業であることは間違いありません。

(※)碧桂園のプロジェクト数は3000以上に及ぶと言われています。

負債の構成について

中国2社の負債で目立つのは、買掛金未払金の大きさです。
恒大集団20兆円、碧桂園8兆円は、開発中不動産とほぼ等しい額ですが、それを未払いにしているとは一体どういうことなのでしょうか?
デフォルトが起きたら金融機関よりも仕入先(協力事業者や借地権代金や地代を受取る地方政府)の方が大きな影響を受けて、不動産業界全体に影響が波及しそうです。
さらに、契約負債が両社とも11兆円に達しています。
聞きなれない言葉かもしれませんが、契約負債とは、主に不動産販売取引に伴う前受金と考えて良いでしょう。
これは中国の不動産売買では引渡し前であっても、契約時に物件購入者が手付金ではなく購入金額全額を支払う商習慣によるところが大きいと思われますが、すでにお金を払ってマンションやオフィスに入居できない人がこれだけいる可能性があり、金融機関、仕入先に加えて物件購入者も大きな影響を受けることになりそうです。
購入代金の支払いに際して金融機関から住宅ローンを借入れた物件購入者は、住めないマンションのローンをいつまでも払い続けることになります。

それにしても、これだけの前受金を受領していながら、建設資金の買掛金未払金を払えないという事は、一体どういうことなのでしょうか?
そのような資金を新たな開発素地の取得に投資し続けた結果、恒大集団はさらに11兆円もの短期借入金が必要となった、いわば自転車操業に陥っている可能性も考えられるという事なのです。
恒大集団の2022年12月期の連結財務諸表の注記には5ページにわたって、どのように債権者と交渉するのかが記載されていますが、計画通りにいくのかどうか全く予断を許さない状況と言えます。
会計士の観点からは、せめてこのような不動産会社の収益認識や開発用不動産の評価を適切に実施し、正しい財政状態と経営成績を投資家に開示してほしいと願うばかりです。